職業お迎え待ち独居老人

東松山市在住


大悲願寺 2025/10/5

好天に誘われ、あきる野市にある大悲願寺という真言宗豊山派の寺院へ白萩を見に行く。10月初旬にしては気温が高く少し動くと汗ばむくらい。友人と拝島駅のホームで待ち合わせ予定。五日市線、武蔵五日市で降りる。20年ほど前に五日市線に乗ったことを思い出すが、乗ったと言うこと以外ほとんど記憶がない。それに乏しい記憶を探っても周りが変わりすぎてただ驚くだけ。駅もほとんどが建て替えられてきれいになっている。

近頃話をすると、直近というのは20年前、少し前は半世紀前という具合になってしまった。午前10時少し前、終点の武蔵五日市につく。終点なので結構な人が降りる。駅前(南口)で友人と待ち合わせて五日市街道をぷらぷらと歩き出す。たくさん人が降りたのに歩き出すと私達だけになってしまった。10分ほど歩くと旧五日市街道との交差点に出る。交差点を左折して旧五日市街道へ入る。急に鄙びた感じになり、更に人がいなくなる。5分も歩くと交差点がありまた左折する。周辺は一段と鄙びた感じになる。その先を数分歩くと五日市線をまたぐ踏切がありそのまま進むとすぐに大悲願寺仁王門が見える。老人2人、埒もない世間話などしているとすぐに着いてしまう。

大悲願寺仁王門

1859年(安政6年)建立ということらしい。ここから入ろうと思ったら先の方に入口と案内があったので少し先へ進む。

中門

途中の中門前には少し遅めの彼岸花が咲いてなかなか秋の風情。

入口

併設された幼稚園の手前に立派な門がありそこから入る。

アプローチ

お寺の掲示板には色々とためになることが書かれているが、ここは俳句が書いてあった。陸奥国と書いてあるので多分ゆかりの仙台藩主伊達政宗の絡みであろう。

入口

人の気配がしたので、お参りさせていただきますと声をかけると、涼やかな女性の声でどうぞごゆっくりお参り下さいと返事がある。中に入るともう白萩が咲いている。大悲願寺は" 東国花の寺 百ヶ寺"に参加している。

境内01

10月に入ったが気温の高い日が多かったので花も終わりと思っていたがまだまだ十分な花の量。

境内02

さらに進んで行くと白萩だけではなく少ないが宮城野萩も咲いていた。大きな花もよいがこういう小さな花の何気なさは気分がホッとする。

境内03

白萩は本堂の周辺を中心に植わっている。人がいないので本当にゆっくりと白萩を堪能できた。

境内04

大悲願寺の本堂。お参りをして人に迷惑をかけない終了を願う。境内にぴんころ地蔵尊もあるようだが気が付かなかった。本来、こちらに願うのが本筋なのに残念なことをした。

境内05

本堂の横にある弘法大師の石像。真言宗のお寺ではお約束。以前、同行二人を"どうこうふたり"と読んで恥をかいたことを思いだす。老人になると昔、恥をかいたことを夜中に思い出したりする。恥ずかしさのあまり逆上し、髪を振り乱して町内を駆け回りたい衝動に駆られる。特に若い頃かいた恥のほうがより恥ずかしく感じる。

境内06

本堂横に床几がおいてある。腰を下ろしてゆっくり白萩を堪能する。腰を下ろすとご本草に背中を向けるという罰当たりなことになるのだが、あまり気にしないことにする。ついこの間までは花を見に行くということなどあまりなかったが、老人になると神社仏閣、花などに惹かれるようになるのは何故だろうか。しばらく座っていると白萩を愛でつつも老人は体調の話、最近近しい人が亡くなったという話。乏しい蓄えが砂山の崩れる如く減っていく話などをわっはっはと笑いながら話し合う。せっかくの白萩を前にしてもう少し風情のある話ができそうなものだが、まあ老人というものはこんなものです。

境内07

本堂の先には鐘楼がある。ここから白萩の花は植わっていない。釣り鐘は戦時中の供出もなく昔のままだそうだ。石垣の下にある小さな仏像は境内にいくつもある、四国遍路を模したものだそうだ。それぞれを巡ると遍路終了と同等ご利益があるそうだ。後で知ったがぢ悲願時の裏手にある公開緑地というと言うところにも白萩がたくさん咲いているらしい。気が付かなかったのが惜しまれる。

境内08

1794年建立の観音堂。比較的最近大改修をしたようだ。彫刻や飾り板の色彩が鮮やか。

境内09

鐘楼、観音堂の周辺は立派な木が植わっている。お寺の大木はなんだかありがたみが感じられる。

境内10

地蔵菩薩。魔除の赤いよだれかけが木々の緑に際立つ。

帰路

古刹の境内をゆっくりと巡り、来た道を戻る。東京の周辺部はまだのどかなところがある。萩の季節にまた訪れたいと思った。